当社では、しょうゆの機能性に関する研究を進める中で、しょうゆ中にいくつかの生理活性物質が存在することを明らかにしました。
■ニコチアナミンの血圧降下作用
ニコチアナミン |
| 当社では、しょうゆ中に強力なACE(アンジオテンシン変換酵素)の阻害物質が存在す ることを見出し、その主要成分はニコチアナミンというアミノ酸の一種であることを突き止めました。ACEはヒトの血圧上昇に深く関係している酵素で、ニコチアナミンはこの酵素の働きを弱めることによって血圧の上昇を制します。 ニコチアナミンはムギネ(麦根)酸の一種で、植物中では根からの鉄の吸収を助けていると言われています。当社において様々な植物中のニコチアナミン含有量を調べたところ、大豆中に最も多くのニコチアナミンが含まれていることがわかりました。その大豆を主な原料にしているしょうゆ中にも、ニコチアナミンが含まれているというわけです。 ニコチアナミンのACE阻害活性を調べたところ、IC50(ACEを50%阻害する濃度)が0.26μMと、非常に強いことが判りました1) 。また、動物実験によって、血圧の上昇が抑えられることを確認しました(図1)2)。
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図1.ニコチアナミンの血圧降下作用 | |
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《引用文献》 |
1) |
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木下ほか:醤油中の血圧降下物質について、日本醸造協会誌、96、165~173 (1994) |
2) |
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Kinoshita, E., et al.: Purification and identification of an angiotensin I-converting enzyme inhibitor from soy sauce. Biosci. Biotechnol. Biochem., 57, 1107-1110 (1993) |
■ショウユフラボンのヒスタミン生成抑制作用
ショウユフラボン類 |
| イソフラボンは様々な機能を有することから、現在最も注目されている健康食品素材の1つです。大豆由来のイソフラボンは、通常、加工される過程で難溶性の構造になりますが、しょうゆ中には予想される量の数倍ものイソフラボンが溶解しています。これは、イソフラボンが麹菌の作用によって溶解性の高い酒石酸誘導体に変換されているためで、しょうゆから発見されたこの化合物を「ショウユフラボン」と名付けました1)。ショウユフラボンは、イソフラボン同様、様々な生理活性を有することが期待できます。一例として、ヒスタミンの合成酵素に対する作用を調べた結果を示します(表1)。ヒスタミンは、体内の酵素により生産される物質ですが、過剰に合成・分泌されるとアレルギー症状を呈したり、胃酸の分泌を促進して潰瘍を悪化させたりと、疾病の原因となります。ショウユフラボンは、大豆由来のイソフラボン(ダイゼイン、ゲニステインなど)よりも、ヒスタミン合成酵素を強く阻害しました。また、今までに3種類のショウユフラボンが発見されていますが、そのうちの2種類は既知の阻害剤であるカテキンよりも強い活性を示しました4)。 このように、ショウユフラボンは、ヒスタミンが関与する疾病に対する治療や予防に応用できる可能性を秘めています。ショウユフラボンの研究をさらに進めることで、大豆由来のイソフラボンと同等かそれ以上の生理活性を見出すことができるのではないかと期待されます。
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表1.ヒスタミン合成酵素阻害活性 |
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*ヒスタミン合成酵素(マウスマストサイト-マP815細胞由来)の活性を50%阻害するフラボノイド化合物の濃度。この値が小さいほど阻害活性が強い。 | |
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《引用文献》 |
1) |
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木下恵美子、相島鐵郎:イソフラボン酒石酸誘導体ショウユフラボン-その発見と生理活性、日本醸造協会誌、96、165-173 (2001) |
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■HEMFの発ガン抑制作用
フラノン類 |
| アメリカ・ウイスコンシン大学のパリザらは、本醸造方式で製造された濃口しょうゆに発ガン抑制効果があることを見出しました。ベンゾ[a]ピレンという胃がん誘発剤を投与したマウスに、濃口しょうゆを混ぜた飼料を与えると、与えない場合に比べて個体当たりの腫瘍発生数と発生率が、共に低下したのです(図1)1)。 当社では、有効成分の特定を行い、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン(HEMF)が活性成分であることを見出しました(図2)2)。HEMFは、本醸造しょうゆの特徴的香気成分としてよく知られており、本醸造でない新式しょうゆやしょうゆ様調味料には存在しません。 本醸造しょうゆ中には、HEMFに類似した構造の香気成分である4-ヒドロキシ-2,5-ジメチル-3(2H)-フラノン(HDMF)、4-ヒドロキシ-5-メチル-3(2H)-フラノン(HMF)も含まれ、これらもHEMF同様に発ガン抑制効果を示しました。これらの香気成分はフラノン類に分類され、水酸化ラジカルや一重項酸素などの活性酸素を補足する抗酸化物質です。HEMFは、重量当たりではビタミンCを上回る抗酸化活性を示しました2)。HEMFを初めとするフラノン類は、その抗酸化作用により発ガンを抑制すると考えられています3)。 |
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図1.しょうゆの発ガン抑制効果 |
ベンゾ[a]ピレンを投与したマウスに濃口しょうゆを含む飼料を与えた。20%しょうゆ添加群で、腫瘍発生数が40%まで低下した。 | |
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図2.HEMFの発ガン抑制効果 |
ベンゾ[a]ピレンを投与したマウスにHEMFを含む飼料を与えた。50ppm添加群では腫瘍発生率が約60%まで低下した。 | | |
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《引用文献》 |
1) |
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Benjamin H, et al.: Inhibition of benzo(a)pyrene-induced mouse forestomach neoplasia by dietary soy sauce, Cancer Res., 51, 2940-2942 (1991) |
2) |
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Nagahara, A., et al. : Inhibition of benzo[a]pyrene-induced mouse forestomach neoplasia by a principal flavor component of Japanese-style fermented soy sauce, Cancer Res., 52, 1754-1756 (1991) |
3) |
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Kataoka, S., et al. : Inhibition of benzo[a]pyrene-induced mouse forestomach neoplasia and reduction of H2O2 concentration in human polymorphonuclear leucocytes by flavour components of Japanese-style fermented soy sauce, Food Chem. Toxicol., 35, 449-457 (1997) |
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